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野口英世記念館 |
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母から子へ、子から母へ、
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| 耶麻郡猪苗代町大字三ツ和字前田81 TEL/0242-65-2319 ■営業時間/[4〜10月]AM8:30〜PM5:00(入場PM4:45まで) [11〜3月]AM9:00〜PM4:15(入場PM4:00まで) ■定休日/無休(年末・年始を除く) ■入館料/おとな(15歳以上)500円、 こども(小中学生)200円 ■駐車場/有り(無料) |
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| 数多くの遺品と生家が残る記念館。 1928年5月21日。野口英世は、研究先のガーナで亡くなった。その後まもなく、野口英世記念会が発足され、野口博士の功績を次の世代に残していこう、と活動が始まった。 「野口英世記念館」が誕生したのは、英世が亡くなった日から、ちょうど11年後の1939年5月21日のことだった。 記念館では、野口英世の生家を公開し、館内にはざまざまな遺品などが展示されている。生家には、英世が子どもの頃左手を火傷した囲炉裏や、東京に旅立つ前に「志を得ざれば、再び此地を踏まず」という言葉を刻み込んだ床柱が残されている。 「母から子への手紙」の英世の返事。 館内には、母・シカがアメリカにいる英世に送った手紙が公開されている。幼い時に覚えた字を思い出しながら必死に書いた手紙であり「帰ってきてくだされ」という切実な母の願いを綴ったものとして有名だ。 しかし話はそこでは終わらない。母の手紙への返事を、英世は書いていたのだ。封筒の消印を見ると、母からの手紙が届いた直後に書かれたものだということが分かる。そこには、年老いた母の体への心配や、ひとり猪苗代に残された母の寂しさへの配慮など、母を大切に想う英世のやさしさが、切実に伝わってくる手紙。 世界に羽ばたいた野口英世は、母の愛情をしっかりと胸に抱き、人を思いやる心を持ち続けていた人物であった。 また、少年時代に会津若松市内の下宿先から恩師にあたる小林先生へ宛てた手紙も公開されている。これは、最近見つかったもので、医師を目指した少年時代の清作(当時は本名・清作という名を使っていた)を知る上で、非常に貴重な資料として特別公開されている(7月まで)。 他にも、彼には絵画が上手だったという一面もあり、英世の絵画が展示されているなど、野口博士の人柄がわかるような品々が数多く展示されている。 |
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