彼は幼少の頃に負った左手の火傷をからわれ、「てんぼう」と呼ばれていた。
貧しい家に生まれながらも、母・野口シカの愛情を受け、辛抱強く、勤勉な少年へと育った。
15歳の時、左手の手術で出会った、医学という世界。
高等小学校を卒業後、手術の時に出会った医者のもとへ下宿し、医者を目指して勉強を始めた。
貧しいながらも、医学前期試験のために東京へ出て、医師としての道を歩んでいったのである。
だが医学試験に合格しても、左手が不自由であったため、手術医への夢は閉ざされてしまった。
そこで彼は、細菌学者を目指したのである。

彼は、何事もあきらめない人だった。
彼にとって「忍耐」とは、何もしないでじっと我慢することではなく、
あきらめずに「努力を続けること」であった。

彼とは、会津・猪苗代町で生まれ育った野口清作という一人の少年のこと。
のちに「世界の野口」と呼ばれた細菌学者・野口英世である。
彼にとって左手の火傷は、ほんとうに悲劇だったのだろうか。
丸峰観光ホテル

誕生から青春時代
野口清作の時代をたどる。


野口英世記念館

野口英世青春館

日本キリスト教団若松栄町教会

雄大な磐梯山を眺める美しい風景、
生まれ故郷・猪苗代町の味。


会津民俗館

駅舎亭

猪苗代地ビール館

清作茶屋

野口家の人々と深いつながりのある
蔵元を訪ねる。


嘉永蔵